完全な私的バージョンでつぶやいてみたことをブログにしてみます。
当分、我が息子三人との関りが中心になりそうです・・・。
背番号にこめられたもの

 春の選抜高校野球が甲子園で始まりました。
元気にプレーしている高校生の背中を見ながら、こんなことに気づきました。

長男は今春に高校を卒業し、6年間のクラブ生活にも終止符をうちました。
中学1年生で最初にもらってきた、確か22番の背番号にはじまり、6年間どれだけ背番号を付け替えてきたことでしょう!?
女の子姉妹で育った環境で、背番号をつけるようなクラブに所属しなかった私は、背番号はプロ野球のように永久のものだと勝手に解釈していました。

極端に言えば、試合ごとに付け替える背番号のお世話に、嫌気がさしたこともありました。

次男が野球部で背番号を持ち帰るようになり、またまた、付けたと思えば外していくことが繰り返されるようになりました。クリックで挿入

そんな折の今、長男と次男の経験から遅ればせながら気づいたことは、それも教育だったんだということです。通う学校も、もちろん監督さんのカラーも違うし、長男はソフトボールで次男は野球をしています。
それでも背番号を付け替えていくことは、学校教育の中で存在する教育としてのクラブの存在があるのだと思います。

両者に共通するのは。。。

 主力学年でプレーをさせること。
 1学年下に上手い選手がいても、スタメンは主力学年でスタートする。
 その学年のチーム力を出して、全力で試合に向かう。
 だから、勝てるときもあれば、負けるときもある。
 勝つことのみが善ではない。

スポーツでもビジネスでもプロの世界は勝つことのみが善であるでしょうが、
教育現場では、チームの力で最善の力を出せるように各選手が取り組むことを、
勉強しなければならないのだと思います。

チームの中で、それぞれが主人公意識でそのチームの最高の力を出した経験は、
これからの人生で大きな力になることでしょう。結果が負け試合であってもです。

毎回背番号がかわり、スタメンでなくても、選手一人一人の役割を意識して試合に臨む経験を、
男女限らずたくさんの子供たちにさせてあげたいと思います。
そして、そんな子供たちをずっと支えてくださっているクラブの顧問の先生が、
この日本にたくさんおられることに感謝したいです。

もしもこれから中学、高校に進まれるお子さんをお持ちであれば、そんな顧問の先生がおられるクラブを
選ばれることをお勧めします。
十代に貴重な財産を得られることになると・・・・、私は思います。

| noko-iwai | - | 14:43 | - | - |
18歳。。。夏
 長男、18歳の夏です

高校生活最後の夏に、彼の今までに・・・思いを馳せてみたいと思います。

13歳夏
 たくさんの先輩たちのなかで、中一の三人が夏合宿に参加しました。
 合宿後につぶやいた長男の言葉は、今も耳から離れません。
   「 お母さ〜んっ!! 先輩たちの洗濯してたら、お風呂入れんかってん。
    慌ててお風呂にいったけど、湯船は数センチしか残ってなかったわ・・・。」と。
 何のてらいもなく話す彼をみて、こっそり涙ぐんだ夏でした。

14歳夏
 中学2年生の行事である琵琶湖の夏合宿に、クラブの公式戦で参加できなかった。
 公式戦には、中3しかでないのに・・・、どうしても納得できない母でした。

15歳夏
 なかなかレギュラーになれないままで、全日本中学生ソフトボール大会を迎えました。
 準決勝で回ってきた2打席。連続ヒットを打ったときの瞬間は、今も鮮明だよ。

16歳夏
 高校になっても続けることに、何の迷いもなく選択しました。
 ひたすら練習の日々が続きます。

17歳夏
 先輩たちが引退し、新人戦に向かって一丸となりました。
 副キャプテンという任務もいただきました。
 どんなときでも、キャプテンの味方になってあげて支えてあげなさいね・・・、
 母の言葉を受け入れてくれたのかどうか・・・、
 たくさんの事件のなかで、最後までキャプテンと監督さんを受け入れ続けたことには、
 頭が下がりました。

18歳初夏
 インターハイ予選の最後の試合は、5番バッターでした。
 1試合、1試合、積み重ねるたびに、お父さんとお母さんは感無量で応援していました。
 息子のヒットをみるお父さんの顔は、お母さんは見たことがない笑顔でしたよ。
 たくさんの感動と嬉しい思いを、お父さんお母さんにプレゼントしてくれてありがとうね。
                                                      
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18歳夏
 クラブを引退し、始めて家で過ごす夏です。
 6年間本当によく頑張りました。
 あなたの人生に幸多かれと願っています。
 おじちゃんおばちゃんの影響を受けて、来春は法学部に進みます。
 クラブでどれだけ大変でも、定期テストで国語と英語が何度か学年1番でした。
 「立派やね・・・」と言うと、「お母さんっ!!そんなに賢い学校ちゃうねんでッ!!」と・・・。
 親バカで結構です。。。、頑張れ〜
 
| noko-iwai | - | 16:25 | - | - |
作文教室

我が家の三男が、作文教室に通いだして2年が過ぎようとしています。
きっかけは、彼があまりにも音読が出来なかったから・・・
お兄ちゃんたち二人は、国語というものに全く苦労しなかったので、ひらがなひとつづつに詰まる
三男の状況に愕然としたわけです。

理由ははっきりしています。
長男が3年生になる頃まで、ずーっと読み聞かせをしていました。
もれなく横にいる次男も聞いているわけです。
でも、三男にはそれが出来なかった。
どうしても上二人を優先するので、一番ちっちゃい子は後回しになってしまいます。

長男が赤ちゃんの頃からお付き合いしている絵本のおばさんは、そんな状況を
『 岩井さんそれでもいいのよ・・・、お兄ちゃんが二人いて、泣いたり笑ったりの状況が絵本の世界だからね。大丈夫よ!』 と言ってくれました。

でもですねぇぇぇ・・・
今の小学校では、全く作文を書かせないんですよね。
だから、音読どころか簡単な文章もキチンとかけない。

私の小学校時代を思い起こすと、400字詰めの原稿用紙にしょっちゅう作文を書いていました。
それも、10枚書きなさいとか指定があるわけです。
遠足の感想を5枚書きなさいとか、野外活動の感想を10枚書きなさいとか、6年生になれば修学旅行の紀行文を100枚書きなさいとかなるわけです。
45分の授業時間をまるまる使っての作文時間です。
45分間ひたすらひたすら書き続ける・・・。
今思えば、それを添削していた先生に頭が下がる想いです。

これは大変!!と言うわけで、三男が作文教室に週に1回通いはじめました。
最初は大変でしたが、音読から1文1文の作成まで、根気よく先生がつきあってくださいました。

ここ数ヶ月は、先生にお任せしっぱなしであまり見ていなかったのですが、ほりっ放しにしてあったかばんからのぞいていた1枚の原稿用紙がありました。
【自由作文 「 友だちのこと 」 】 とあります。
表現・表記は稚拙ですが、自分で言葉を選びながら書いたんだなぁぁと言うことが伝わってきました。最後に紹介します。
何でもですが、継続は力なりです。できないことを、それでも少しずつ継続することで出来るようになることが実はたくさんあるように思います。




「 友だちのこと 」

 ぼくには、松田くんと谷川くんという友達がいます。
 ぼくは、松田くんと二年生から友達です。
いつもぼくたちは、ひみつきちをつくって遊んでいます。松田くんはおもしろい子です。それはかれがあかるいせいかくだからです。松田くんとこれからもっとひみつきちをつくって遊びたいです。
 谷川くんのとくちょうは、あしが速いことです。
 谷川くんとしりあったのは、がくどうほいくでした。谷川くんとたまに外でドッチボールをしています。ぼくは、谷川くんがすごくまじめだとおもいます。谷川くんは、たよりになります。
 ぼくは、松田くんがめちゃくちゃすきです。谷川くんも同じくらいすきです。

 ※ ところどころ添削してもらって、完成していました。
   文章を書くということは、語彙力がなければいけないことを、この9歳の子の
   作文を見ても感じます。

| noko-iwai | - | 07:23 | - | - |
ならぬものはならぬ
 三男が小学校4年生になりました。いつまでたってもパイオニアの存在である長男に気がいきがちで、一番下にはついつい甘やかしてしまいがちです。

三男の口癖は、とりあえず 『 イヤだっ!!』 です。

宿題しなさいね・・・、と言うと第一声は 『 イヤだっ!!』
塾よ、行くよ・・・、と言うと第一声は 『 イヤだっ!!』
スイミングに行くよ・・・、と言うと第一声は 『 イヤだっ!!』      って感じです。

お友達と遊んで良い!?と聞いてくるときの声のトーンとは2オクターブは違うんじゃないか?
といつも思います。

我が家の息子たちは有難いことにほとんど熱を出したことがないし、風邪をひくこともまずないので、行きたくないというのは、別に体調がどうだこうだということではないのは明らか。

で、母としては徹底して息子たちに言い続けてきたことは、「だめなものは駄目っ!!問答無用!!お母さんの方針ですから!!」でした。

問答無用なので(苦笑)、どうして塾に行かないといけないのとか・・・、どうしてスイミングに通い泳げるようにならないといけないのかとか・・・、の説明はしません。
しなければならないことは、しなければんばらないのです・・・・。


三男が塾から持ち帰ったお便りに、塾長先生からのコメントが載っていました。そこにまさに、私の言ってきた言葉が紹介されていましたので、以下に留めておこうと思います。


会津藩校 日新館〜什の掟

 一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
 二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
 三、虚言をいふ事はなりませぬ
 四、卑怯な振舞いをしてはなりませぬ
 五、弱い者をいじめてはなりませぬ
 六、戸外で物を食べてはなりませぬ
 七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
                 ならぬことはならぬものです

いかがでしょうか。七はともかく、あとは充分に現代に通じます。
ダメなものはダメであって、屁理屈を言う前にまずはやんなさい!!
一人前になるまではならぬものはならぬのです・・・。

| noko-iwai | - | 15:18 | - | - |
ふたつの坊主頭
 頭髪検査のめんどくささから、中学1年の半ばでアッサリ坊主頭になったのが、我が家の次男でした。
実は、私はどうも坊主頭には抵抗があり・・・(苦笑)、『 野球部でも坊主頭はやめて! 』 と言ってきましたが、さすがマイペースの三兄弟真ん中だけあって、私へは事後承諾でと相成りました。

そんななかで、ソフトボールを中学1年からずっとしてきた長男が、高3の今になっての坊主頭になりました。

いきさつは・・・、練習を高3の今になっても真剣にしようとしないメンバーと、まじめに頑張ろうや!!みんなで決めたやん!!というメンバーで揉めたわけです。

特に我が家の長男は、ソフトボールが大好きで、身長は恵まれていますが、決してセンスがあったわけではないところを、ひたすらまじめな練習で部活を一日も休むことなく、5番バッターを手に入れ副キャプテンで練習を引っ張ってきたヤツです。そこに、10代の純粋さが加わり、いろいろ頭にきたのでしょう。

で・・・監督さんとキャプテンと副キャプテンで協議。

1、全員退部届け提出
2、その上で、真剣に取り組もうと思うものだけが、坊主頭になって集合
3、高3で今後練習に参加しない(要は坊主にならない)ものは、早期引退扱い

いい結論だと思いませんか?
これを聞いて、同世代の監督さんに対しては、「 アァ〜、この純粋さと毎年関わってくださってるんだなぁぁ・・・ 」 と頭の下がる思いでした。

大人から見れば、中には練習しないヤツもいて当たり前、しょうがない、となることでしょう。
実際、私も聞いたとたんはそう感じました。大人はそれでいいのでしょうが、高校生はそうはいきません。だから、教育はそうはいかないのだと思います。

坊主頭になった長男は、照れながら・・・「 秋には戻るらしいわ 」 と、ポツンと呟きました。
多分、一生で最初で最後の坊主頭になることでしょう。

坊主頭が苦手な母としては、我が家に2人も坊主頭の中高生がいることに慣れることに時間がかかりそうです。
が、当の長男は高校生活の最後の学年をシッカリ 【 文武両道 】 でスタートさせています。頑張れ〜
| noko-iwai | - | 10:02 | - | - |
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